
「お勧め」できるような代物では、決してない。
このスニーカーは、かれこれ6年近く愛用している。といっても、これまで使っていたものより心地よいとか、他より優れているとか、或いは他人様に誇れるブランド商品であるという、相対的或いは絶対的評価に値するようなものではない。何を隠そう私は、生まれてこのかた、スニーカーを保有したのはこの一足のみである。そして、これを愛用しているという、なんとも安きに流れた嗜好ではある。
私は、幼い頃から、左足の親指の骨に病を内蔵しており、何度となく手術や外科的処置を繰り返していた。そのせいで、足の甲を覆うスニーカーは、学生時代を通じて履いた事が無かった。大人になってからは、尚更スニーカーを履く機会も無く、むしろ男中心の建築界で、思いっきりつっぱって生きて来たから、さすがにピンヒールとまでは行かないが、ハイヒールでカッカッカッと闊歩する事も、緊張感を持続する重要な要素だった。
平成7年の大震災の直後、どうしても自分の目で被災地の状況を確かめてみたくなり、事務所のスタッフとともに現地を訪れようとした時、いつものようにハイヒールを履いていた私に、スタッフが思わず吐いた『そんな靴履いてたらあかんわ』の助言に従い、生まれて初めてスニーカーに触れる事になる。
大阪駅のショッピングモールのスポーツ用品店に入ったが、履いた事が無いのだから、商品を選ぶことが出来ない。ハイヒールとスニーカーでは、あまりにも履き心地が違い、驚いたことに靴の中で足がじゃんけんできる。「パー」が出せるのだ。しかも、足首が直角に曲がるから、アキレス腱やふくらはぎが伸びて気持ちいい。とりあえず、ハイヒールとは趣が正反対の、いかにも漫画的な風貌のスニーカーを選んだ。(写真では判りにくいが、靴の前の幅が大きくて、名探偵コナンか、ハタマタあられちゃんか。)
その場で履き替えて阪神電車に乗り被災地に向かう。成る程、被災地の状況は、いたるところで大地が起伏し、マンホールが道路から飛び出し、調査に訪れた住宅内は食器の破片が散乱し、土間が割れてポッカリ口を空いていた。ハイヒールだったら歩けたもんじゃなかっただろう。
その後、このスニーカーは大活躍する。震災を契機に注目される事となった『欠陥建築』の調査を依頼される事が多くなり、木造住宅の床下を這いまわったり、小屋裏を調査する時には欠かせない。ハイヒールだったらとてもできなかっただろう等と、当たり前の事に感動している。
昨年初めから、意を同じくする建築士・弁護士たちとともに、「ASJ:欠陥建築研究会」を運営し、月1回、欠陥建築の相談を受けている。様々な問題点の、何処が・何故欠陥なのか?考えさせられる事となり、自分の過去の仕事を振り返って、ゾッとする事も珍しくない。建築主の要望も (私が女性であるからか)『きめの細かい設計』という言葉に代表される内容であったのが、『厳しい監理』或いは『安全な建物』に変貌した。
これまで検査といえば竣工検査のみであり、殆どスタッフまかせにしていた私だったが、昨日の配筋検査では、このスニーカーが私をしっかり支えてくれた。(縦横のスラブ筋の間にスニーカーがスッポリと嵌まり込んで抜けないのには参ったが・・・) スニーカーを履いてみた事が、私の仕事を大きく変えることになった。