実録『或る老人の場合』
    :はじまり編
  (社)大阪建築士事務所協会
機関紙 「まちなみ」より
有限会社フォルム・ディ
代表取締役 河添 佳洋子

これは、ひとりの資産家老人が見舞われた建築騒動の物語で、私が接した事実に、多少脚色を加えたフィクションです。
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1【プロローグ
2【1月7日夜
3【1月9日夜
4【1月16日昼下がり
5【1月19日夜
6【2月10日昼下がり
7【2月15日昼下がり
8【2月17日夜
9【2月18日
10【2月21日夜
11【2月28日
12【2月29日
13【3月1日
14【3月4日夜
15【3月6日
16【3月4日
17【ちょっとだけ後日談
18【おしまいに

【2月28日】
娘が「どうなった?」と来た。「この家のほうはアンジョウ進んどるでぇ。お前のほうもちゃんとせなあかん」
「アンジョウ進んでるって、お父ちゃん、5億の話はどないなったん?」「あれは、値切った。」「ほんなら、3億にして貰うたん?」「3億にはならん。3千万ほど値切ったんや」
「なんやて! お父ちゃん、3千万安ぅして貰うただけやのん?! それやったら、4億7千万の借金抱えるのん? 借りたら返さなあかんねんよ!」「せやからお前、家賃保証してくれるんやから大丈夫やがな!」

そんな話の最中、確定申告の件で税理士から電話が入った。税理士はもともと娘の友人である。
「おとうちゃんがB社を気に入ってるみたいやねんけど、どないやろ?」と娘が聞くと、税理士は「そらぁやめささなあかんで」と言ったらしい。「せやけど、30年間家賃保証してくれるらしいねん「それが問題や。うちの顧問先でも泣かされたトコが何軒かある。それは前にお父さんにも言うてあるねんけど・・・」

それから娘は老人と一緒に試算表を調べた。家賃保証のパンフレットもじっくり読んだ。
娘は生来数字に弱い。さっぱり判らない。判らないから老人に聞いた。老人は懸命に説明しようとした。老人はこれらの書類を本気で見たことは無かった。B社に任せておけば大丈夫だと思っていたし、この試算表は公庫にも提出したと聞いていたから、公庫が認めている内容に間違いなどあろう筈が無い。しかし、娘が聴いてくれるから、老人は頑張って説明しようとした。

「ありゃ? この試算表は・・・40年間家賃収入がおんなじや」「マンションって、古ぅなったら家賃下げなあかんやろなぁ」「せやけど、周りの家賃が高ぅなったら、家賃上げてもえぇかも知れへん」「家賃上げよう思うたら、綺麗にせなあかんやん」「そんな費用見込んであるんやろうか」
「お父ちゃん。家賃保証やいうてるけど、これ・・・互助会みたいなもんとちゃう? パンフレットには、掛け金払うって書いてあるでぇ」「なにぃ 互助会やてぇ?! あの会社が保証してくれるんとちゃうんか!」
もう一度税理士に電話した。「掛け金高いでしょ。家賃収入の5%位取られるんじゃないですか?」「新築のオーナーは家賃収入が潤沢だから掛け金をすんなり払うんですが、古くなったり、近所に新築が建つと途端に入居者が少なくなるんです。それで保証してくれるんだと期待していたら、家賃の値下げを要求されるらしいですよ。」「それやったら、家賃保証とちゃいまんがな!」「だからお父さん、言ってたでしょ。慎重に考えなあきませんって。」
娘は言った。「お父ちゃん、キャンセルしよう! やめた方がえぇわ!」

老人は考えた。今までろくに見ていなかったパンフレットも見た。妻も一緒に見ていた。妻が言った。「お父さん、私らほんまにマンションに住みますのんか?」 そうだった。妻は、マンションに住む事を嫌がっていたのだった。この敷地の隅っこに家を建てて、マンションとは塀で仕切って欲しいと言った事もある。
老人は決心した。「考え直そ!」

(続く)


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