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【1月7日夜】
それから3年、相続対策が老人の頭を離れる事はなかったが、子供達は皆そのことには無関心のようで、正月に全員が揃ったときも、誰からも話は出なかったし、老人からも切り出さなかった。
子供達が引き上げ、孫達の喧騒も消えて老夫婦に静かな生活が戻ってほっとした1月7日の夜7時頃、突然インターフォンが鳴った。毎日来ている家政婦も既に帰った後だったので、老人が応対した。
「どなたさん?」と聞くと、B社と名乗る。老人は新聞の株式欄でこの社名に覚えが有り、株価が好調である事に好感を抱いていたので玄関を開けた。老人の期待通り、トップビジネスマンを絵に描いた様な紳士と、いかにも技術者らしい若者が立っていた。
老人はふたりを応接間に通した。耳が少し遠くなった妻が、大音量でテレビドラマを見ていたがすぐに消させた。「家政婦が帰ってしもぅとりまんので、何も出ぇしまへんが」とことわり、妻とふたりで聴いた。
紳士は、「賃貸マンションのご提案にお伺いいたしました」という。素晴らしい装丁の会社案内やパンフレットをいくつも見せ、「「わが社は、大阪の賃貸業界を押えておりまして、抜群の入居率なんですよ」「わが社以外でお建てになった方々は、入居者が集まらなくて大変困っておられます」「わが社は30年の家賃保証を致しておりますので、なんのご心配もありません」と、夢のような事を言ってくれた。
老人は嬉しかった。自分が借金を抱えて死ねば、子供達が楽に相続できるという事は、数年前のA社の説明で理解していたが、賃貸マンションを建てても入居者が居なければ大変な事になる。それを30年間保証してくれるなら、なんの心配も要らないじゃないか!
A社の時は、家賃保証の話は無かった。今度はまともな話だ。さすが、上場会社は違う。大会社だからこそ、出来る事なんだろう。こんな機会を逃す手はない。
たまたま金庫に、この屋敷の図面が入れてあったので見せた。7軒ある隣地の一軒と、境界線が確定せずに揉めていたが、つい先頃、その家の主人が亡くなり、遺族が境界確定に協力してくれた。すぐに調査士に図面を作らせたのが、昨年の秋だった。それを金庫に入れてあったのだ。
紳士は「いやぁ、ご立派なお屋敷だとは思っていましたが、広大ですなぁ。これだけの敷地だと、君も腕が振るえるじゃないか」と、傍らの技術者に言った。技術者は頬を紅潮させ、「はい。頑張ります」と素直そうに答えた。
(続く)
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