実録『或る老人の場合』
    :はじまり編
  (社)大阪建築士事務所協会
機関紙 「まちなみ」より
有限会社フォルム・ディ
代表取締役 河添 佳洋子

これは、ひとりの資産家老人が見舞われた建築騒動の物語で、私が接した事実に、多少脚色を加えたフィクションです。
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1【プロローグ
2【1月7日夜
3【1月9日夜
4【1月16日昼下がり
5【1月19日夜
6【2月10日昼下がり
7【2月15日昼下がり
8【2月17日夜
9【2月18日
10【2月21日夜
11【2月28日
12【2月29日
13【3月1日
14【3月4日夜
15【3月6日
16【3月4日
17【ちょっとだけ後日談
18【おしまいに

【1月9日夜】
二日後の1月9日の夜7時頃、紳士が、前と同じ技術者を連れて訪れた。今度も夜分なので、「次からは昼間に来とくなはれ、お茶も出されしまへんさかい」といった。しかし老人は内心「夜まで働くこんな社員が居るから、この会社の株価は高値安定しとるんや」と、大いに満足だった。
技術者が小脇に抱えていたケースから書類を取り出した。この家を賃貸マンションにする計画案がそこにあった。老人は驚いた。「おととい来たばかりなのに、もぅ図面が出来ている。この会社は一所懸命になってくれとるんや」

老人には、計画案の内容も良し悪しも判らない。図面は、しばらく目の前にあったが、老人が見ることは無かった。いや、見はしたが、眺める事しか出来なかった。5階建で、全てワンルームだと言うので「全部マンションやったらワシ等が住むトコおまへんがな。何処に住みまんねん?」と聞いた。紳士は、「失礼しました。考えが至りませんでした。この最上階のワンフロアを社長ご夫妻のお住まいにしましょう」といった。技術者は「すみません。すぐに計画し直します」と明るく答えた。

紳士は、「計画案を修正させて頂きますのに、お申込の書類を頂戴できませんでしょうか。会社がうるさく申しますので」と、『調査企画依頼書』を見せた。
費用は70万円。後日振り込めばいいと言う。老人は、「A社の時にはいくらやったかいなぁ? もぅ少し安かったように思うが」とは思った。しかし「勿論実際にお建てになる時には、この70万を内金にさせて頂きますので、無駄にはなりません」と言う紳士の言葉を受け、その場でサインした。妻は「子供に相談せんでもよろしいんか?」と言うが、「70万程度の出費で、子供に相談する事もあるまい。もっと具体的になってからでも遅ぅはないがな」と突っぱねた。

(続く)


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