実録『或る老人の場合』
    :はじまり編
  (社)大阪建築士事務所協会
機関紙 「まちなみ」より
有限会社フォルム・ディ
代表取締役 河添 佳洋子

これは、ひとりの資産家老人が見舞われた建築騒動の物語で、私が接した事実に、多少脚色を加えたフィクションです。
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1【プロローグ
2【1月7日夜
3【1月9日夜
4【1月16日昼下がり
5【1月19日夜
6【2月10日昼下がり
7【2月15日昼下がり
8【2月17日夜
9【2月18日
10【2月21日夜
11【2月28日
12【2月29日
13【3月1日
14【3月4日夜
15【3月6日
16【3月4日
17【ちょっとだけ後日談
18【おしまいに

【2月15日昼下がり】
次の日曜日、娘を呼んだ。長男も来た。
休日だというのに嫌な顔ひとつ見せず、紳士と技術者がやってきた。冒頭は、この家の計画の話だった。長男は同席していたが、娘は自分に関係ないと思ってか、台所で家政婦と話している。

妻が、「私、マンションなんか、よぅ住みませんでぇ」と、いまさら言う。「奥様、お歳を召すとマンションが安全ですよ」と紳士がとりなすが「80過ぎるこの歳まで、マンションなんか住んだことあらしませんのに。」と聴かない。「今考えたはる間取りやったら、なん坪ぐらいですのん?」「ざっと35坪程あります」「そんな小さなトコ、荷物入らしませんがな。お父さん、この家なん坪ですか?」と聴くから、老人が「2階も入れたら85坪や」と答えた。「それやったら今の半分以下ですがな!」「せやけど2階は殆ど使ぅてへんねんさかい」と老人が説得を試みるが、「なにを言うてはりますのん。荷物は蔵にも物置にもいっぱい入ってますねんで」と切り替えされた。
「もっと広ぅに出来まっか?」と老人が聞くと、「ルーフバルコニーをなくして全部取り込めば、60坪位には出来ますが」と技術者が答えた。「60坪いうたって、狭いわ」と妻がまだ言うので、長男が「荷物、整理したら充分住めると思うよ」と助勢してくれた。

娘が茶菓子を出してくれた。「今ごろまだそんな話してんのん! もぅ工事はじまるんと違うノン?」 紳士が「いえ、まだ準備段階です。」「じゃぁ、いつ頃着工するんですか?」「来年の夏ごろです」「えぇ! そしたら完成するのは?」「再来年の春の予定です」
「そんな先の話ですかぁ! お父ちゃん聞いてたん?」と娘が聞いた。老人は、聞いたかもしれないがはっきりとは認識できていなかった。「そらぁ、充分に準備せなあかんのやろ」とはぐらかした。
「それよりも、お前に遣ると言うとる土地の話を聞け!」と、話を替えた。

技術者が説明をはじめた。これもワンルームだ。
「ウチのほうの計画は5階建やのに、こっちの計画は4階建て? 商業地域やから、もっと大きな建物が建つんと違うんですか?」「エレベータが無いのはなんで? イマドキ、エレベーターの無いマンションなんか、入るんですか?」「どうしてこっちは金融公庫じゃないの? しかも普通の銀行融資じゃなくて、外国の金融機関ってどういう事?」などと、娘は矢継ぎ早に質問した。言葉の内容は質問だが、老人には、娘がイチャモンを付けているように聞こえた。
老人は思った。「この娘には、たしか設計事務所をやっている友達が居た。先に相談してきたのかな? しっかりしてきよったもんや!」
娘は「お父ちゃん、設計依頼書なんかにサインせんとってよ! 私があの土地貰うって、いつ決めたん? そんな慌てて決めんでも、もっと考えたほうがえぇやん!」と、かなり真剣に抗議した。が、老人は「折角図面書いてくれてんねんから70万円くらい払うたらんといかん」と、押印してしまった。

翌朝振込み支払したと聞いて、娘は怒った。

(続く)


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