実録『或る老人の場合』
    :はじまり編
  (社)大阪建築士事務所協会
機関紙 「まちなみ」より
有限会社フォルム・ディ
代表取締役 河添 佳洋子

これは、ひとりの資産家老人が見舞われた建築騒動の物語で、私が接した事実に、多少脚色を加えたフィクションです。
―――――――――――――――・―――――――――――――――
1【プロローグ
2【1月7日夜
3【1月9日夜
4【1月16日昼下がり
5【1月19日夜
6【2月10日昼下がり
7【2月15日昼下がり
8【2月17日夜
9【2月18日
10【2月21日夜
11【2月28日
12【2月29日
13【3月1日
14【3月4日夜
15【3月6日
16【3月4日
17【ちょっとだけ後日談
18【おしまいに

【2月17日夜】
火曜日、娘は幼い頃の友人を連れてきた。銀行系の大手不動産会社の部長である。彼には、会社の清算の際随分世話になったことを老人は覚えていた。彼の話を聴かないわけには行かなかった。
不動産会社の部長は、自分の後輩でB社に勤務した経験があるという、二級建築士の若者を同行していた。「B社にはひと月くらいしか居なかったんですけど・・・」と自信無さそうに自己紹介した。「二級建築士のあんたなんかに、何がわかんねん」と老人は懐疑的ではあった。しかしB社の図面を見ながら、二級建築士が「これで5億て言うたんですかぁ! 普通やったら、3億とちゃうかなぁ」のつぶやきに驚いた。「なんやてぇ!」と聞き返したが、同じ事を言う。部長も「そらお父さん、そんなもんですよ。」と言う。
「ほんまやろか?!」老人は、わが耳を疑った。娘は「お父ちゃん、いわんこっちゃない!」と、怒るというより悲しそうな表情を見せた。
再び、二級建築士が口を開いた。「この家賃保証ですけどぉ、30年って言うてるでしょ。実際は10年なんですけどぉ・・・」口の中でモソモソしゃべったが、声が小さく、老人には聞き取れなかった。
老人は無口になった。疲れきった顔をしていたのだろう、部長と二級建築士は、それからすぐに引き上げた。娘も、翌日仕事があるからと早々に引き上げた。

(続く)


Copyright(C)2000,2005 Form-D Allrights reserved