まだ50歳台の貴方が、一代でこのような立派な会社を築かれた事は、誠に敬服の至りでございます。本社ビルの建設にあたり、貴方が選定された工務店は、実際善良な工務店であったと今も思っています。貴方が、出身高校の後輩が経営する工務店に工事をさせたいと仰った時に、私はたまたまその工務店をよく知っておりましたから、「いい工務店ですよ」とご推薦もいたしました。
しかし、計画着手から竣工までの1年半程度の間、貴方の豹変振りには驚かされっぱなしでした。
貴方が提示されたご予算は、計画当初の予算額から徐々に減少し、実施設計が纏まる頃には30%程も低くなってしまいました。「それでは納まらないと思いますよ」と申し上げても「いっぺんやってみたらえぇやん」と仰るのみでした。予算的に大きな無理があるという事をわかっておきながら実施設計を進めるというのは、設計事務所にとっては大変辛い事なのですよ。見積で出てきた金額が予算からあまりにかけ離れては、ネゴ交渉もできないのですからね。知り合いの事務所は、8階建て賃貸マンションの予算が合わなかったときに、7階建てに変更したという話を聞いた事があります。これとてメチャクチャな話ではありますが、短冊形住戸のマンションであれば、出来ない事ではありません。しかし、貴方が計画しておられる建物は自社ビルなんですから、全階平面計画が相違するわけで、1層削るという裏技も使えないのです。下手をすれば、計画自体をやり直しというリスクがあるのですよ。
でも貴方は「あんたのこの設計、気に入ってるねん」と、全く意に介さない。致し方なく、壮絶なネゴを覚悟して5社の競争入札に掛けましたわよ。
案の定、全社が予算を超過しており、後輩の工務店は3番札でした。なんとか受注したいと、貴方のもとへ日参していましたね。
そんな中、私はセオリー通り、1番・2番札の工務店とネゴ交渉を続け、結局一番札の会社が、相当な設計変更を条件として、貴方のご予算で受けてくれる事になりました。
そもそもこの工務店は、入札参加5社の中で最も大きな組織であり、見積明細に記載された単価は、他社をはるかに引き離す安価なものでした。ネームバリューもソコソコにある会社でしたし、貴方も一度は納得されて、契約の具体的な話に入りました。
そんな時になって、貴方は「一番札の工務店にできる事なら、あの会社にも出来るはずだ」と、突然、後輩の工務店に迫りました。私は「無茶です」とお諌めしましたが、聞き届けてはいただけませんでした。挙句に、「あんた、アソコ(後輩工務店)と話出来てるんか?!」等と、私と後輩工務店との間に、一定の利潤を確保するための望ましからぬ話し合いが持たれているとの疑いを持つ始末。冗談じゃ無いですよ。私にそんな芸当が出来る能力があれば、ウチの事務所の経営はもっともっと楽ですよ。
そんな事をしているうちに時間が経過して、年内に竣工させたいという当初の目論見に無理が生じてきました。もともと私は、適正工期として8ヶ月を予定していました。ところが、貴方の無理難題に後輩工務店が屈服した時は、既に6月中旬を迎えていたのです。私は、年内竣工は、物理的には可能かもしれないが、良好な結果を生まない可能性が大きいと進言いたしました。覚えていらっしゃいますよね。しかし、「工務店がやるって言うてんねんから、出来るんやろ」と、そのまんま契約したのです。
そう。確かに工務店は、工期の変更を申し出ませんでした。実際、私はその工務店に対して「今だったら何とかなるんだから、工期を延長してもらいなさい」と進言しましたが、「社長があそこまで仰ってるんですから、なんとかせなぁ、しょうおまへんやん」となんとも弱気な発言のみ。
結局貴方の自社ビルは、残工事が山積した状態にも関わらず年内に入居なさいました。
完了検査には、大変しんどい思いをしながらも合格させました。しかしながら、残念な事に年明けの1月末、後輩工務店は倒産してしまいました。残工事を完了出来なくなりましたが、契約上、最終支払い(10%)を引渡し後60日としていましたから、これを原資として完了させる事は可能です。私としてはお気楽にも、残工事に関する資料を作成して管財人に提供し、貴方の手元にこの10%を残すべくお手伝いもしました。しかるに貴方は、残工事が終わるまでと仰って、報酬を支払っては下さらない。そして一向に残工事に掛かろうとはなさらない。
結局私が受領した報酬は、設計監理報酬の60%にしか過ぎない。
反省しましたよ。建築確認の副本と検査済証をお渡ししたのが間違いでした。これら書類が無ければ、登記をはじめ銀行借り入れ手続が予定通りには行かなかったでしょうものね。